Share

第41話 一時間半のデート・後編

Author: 八月 猫
last update publish date: 2026-07-31 09:00:08

 料理を待つ間、帝人さんは仕事の話をしなかった。

 何度か口を開きかけては、何も言わずに閉じている。

「話したいことがあるんですか?」

「ある」

「どうぞ」

「何を話せば、仕事ではない俺を知ったことになる」

 どうやら、私に言われた言葉を思った以上に真剣に考えていたらしい。

「決まった答えはありませんよ」

「それでは判断できない」

「では私が質問します」

「何でも聞け」

「お休みの日は何をしているんですか?」

「仕事だ」

「休日ではありません」

「予定がなければ仕事をする」

「趣味は?」

「ない」

「好きな場所は?」

「小春がいる場所だ」

「私に関係しない答えをお願いします」

「なぜだ」

「帝人さん自身のことを知りたいからです」

「俺自身が小春を優先している。それも俺を知るため

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第146話 現地では予定通りに歩きません

     水曜日の午前。 私と帝人さんは、東都アセットが再開発を提案している複合施設の前に立っていた。 事前連絡はしていない。東都側にも現地運営会社にも知らせず、帝人さんの希望通り、できるだけ普段の状態を見るためだ。「帝人さん、本当にその格好で大丈夫ですか?」「何がだ」「普通に目立ってます」 スーツ姿ではなく、今日は私服だ。けれど、だからといって一般客に完全に紛れているかと言われると微妙だった。 背が高くて姿勢もいい。何より、周囲を見る目が完全に仕事中だ。「誰も俺の顔なんていちいち見ていない」「そういう問題じゃないんです。視察する人の顔になってます」 帝人さんが少しだけ眉を寄せた。「顔に種類があるのか」「帝人さんにはあります」 本人は納得していなかった。 まあ、いい。少なくとも受付へ名乗って案内を頼むよりは、ずっと普段に近い状態が見られるはずだ。 施設へ入ると、一階は思っていたより人が多かった。 食品スーパー、ドラッグストア、生活雑貨。日常的に使う店がまとまっていて、平日の午前なのにそれなりに賑わっている。「思ったより人いますね」「ああ。施設全体の来館者数だけなら、極端に弱い数字ではなかった理由はこれかもしれない」 帝人さんは入口付近にある館内案内を確認すると、ポケットから折りたたんだ図面を出した。「まず駅側入口から中央吹き抜けまで歩く。そのあと二階へ上がって、空室率の高い区画を――」「ちょっと待ってください」 私はそこで止めた。「それ、最初から予定通りに歩くんですか?」「そのために来たんだろう」「でも普通のお客さん、図面見ながら歩きませんよ。目的の店がある人なら案内図くらい見るでしょうけど、ふらっと来た人が『次は空室率の高い二階を確認しよう』とは思わないです」「当たり前だ」「だったら、今は図面しまいません?」 帝人さんは少しだ

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第145話 今回は俺から見に行きます

     東都アセットとの説明会から二日後。 追加資料が届くより先に、帝人さんが施設の図面を広げていた。 商業区画。 オフィス棟。 駐車場。 駅へ続く歩行者通路。 私は次の予定を確認しながら、その様子を横目で見る。「帝人さん、さっきから同じところ見てません?」「見ている」「そこは認めるんですね」 帝人さんが指しているのは、施設の中央にある吹き抜け周辺だった。「この場所だけ空室率が低い」「一階の中央ですか?」「ああ。施設全体では六十八%なのに、この区画は九割を超えている。逆に駅側の二階と三階が極端に弱い」 資料を覗き込む。 確かに差が大きい。「人が一階にしか来ないとか?」「それなら、なぜ来ないのかを確認する必要がある」「資料には動線が悪いって書いてましたよね」「書いてある」 帝人さんが図面を指でなぞった。「だが、『動線が悪い』では情報として粗い。エスカレーターの位置なのか、入口から見えないのか、案内表示なのか、それとも二階へ上がる理由そのものがないのか。それによって改修内容は全部変わる」 そこまで言って、帝人さんが図面を閉じた。「小春。来週の予定を一日空けろ」「一日?」「現地へ行く」 私は一瞬、予定表から顔を上げた。「帝人さんが?」「俺が行くと言っただろう」「いえ、そこじゃなくて」 なんとなく。 少し意外だった。「現地を見た方がいいって、今回は私まだ言ってないですよね?」「ああ」「それでも行くんですか?」「行く」 帝人さんは当然のように答える。「今ある資料だけで再開発後の店舗構成を決めれば、また資料に書かれた言葉をこちらで勝手に解釈することになる。東都が次に数字を修正してきても、その前提に

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第144話 見せなかった理由を聞いています(後編)

     帝人さんが開いたのは、撤退済みテナントへの聞き取り結果だった。「ここに『客層との不一致』を撤退理由として挙げた店舗が十一社ある。賃料や設備の問題とは別に、想定していた客が来なかったという意味だな?」「はい。業種によって差はありますが、その傾向は確認されています」 東都側の責任者が答える。 帝人さんは資料から目を上げた。「前回の提案資料には、この項目がなかった。なぜ見せなかった?」 一瞬。 空気が変わった。 責任者は少し迷ってから口を開く。「初回提案では、再開発後の可能性を中心にご説明する方針でした。過去の撤退理由については、詳細資料の段階でご提示する予定で――」「順番の話をしているんじゃない」 帝人さんは声を荒らげなかった。 でも、だからこそ室内が静かになる。「十一社が同じ傾向を示しているなら、それは単なる過去の失敗ではない。今の施設がどんな客を集められていないかを示す材料だ。しかも東都は、その状態から三年で九十二%まで戻す計画を出している。その前提を考える上で重要な情報だと分かっていたはずだ」 責任者が黙る。「悪い情報を後から出したこと自体を問題にしているわけじゃない。初期資料ですべてを出せと言えば、何百ページあっても足りなくなる。情報を絞ることは必要だ」 帝人さんが資料を閉じた。「だが、何を残して何を省くかには、提案する側の意図が出る。俺が聞いているのはそこだ。なぜ、この十一社の情報を初回では見せない方がいいと判断した?」 少し長い沈黙のあと。 責任者が息をついた。「……地域に根付いた施設であることを、まず評価していただきたかったからです」「なら、最初からそう言えばいい」「え?」「『当社はこの施設の地域価値を強く評価しているため、初回提案ではその部分を中心に構成した』とな。そうすれば、こちらも資料に提案者の主張が入っている前提で読む」 帝人さんの指が

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第143話 見せなかった理由を聞いています(前編)

     翌週。 東都アセットとの説明会には、宮坂さんのほか、事業責任者と現地運営会社の担当者も出席していた。 前回とは違い、私の前にも帝人さんの前にも同じ資料が置かれている。 利用者アンケート。 退去済みテナントへの聞き取り。 空室区画ごとの推移。 競合施設との比較。 かなり増えていた。 私は資料の厚みを見ながら、少しだけ安心する。 前回みたいに、私には「人の声」だけ。 帝人さんには「数字」だけ。 そんな分け方はされていない。 帝人さんが表紙から数ページめくり、全体を確認した。「前回よりは揃えたようだな。では最初から説明してくれ。今回は結論を急がなくていい。九十二%という目標を置いた理由と、その数字に至るまでの前提を順番に確認する」 東都側の責任者が頷き、再開発計画の説明を始めた。 基本方針は前回と変わらない。 商業区画を改修し、地域密着型の店舗と新規テナントを組み合わせて稼働率を戻す。 三年後の目標は九十二%。 ただし今回は、その数字に至るまでの内訳まで追加されていた。「既存テナントの継続率を七割程度と見込み、新規誘致によって空室を段階的に埋めます。初年度は改修の影響も考慮して八十%前後、二年目以降に――」 説明を聞きながら、私はアンケートのページを追った。 残してほしい店。 なくなって困るサービス。 施設への不満。 前に私へ渡された資料より、ずっと現実的だった。『古くて使いづらい』『駐車場から売り場まで遠い』『飲食店の選択肢が少ない』『若い世代向けの店がない』 思い出がある。 なくなってほしくない。 そんな声だけではない。 今の施設を使っているからこそ感じる不満も、ちゃんと並んでいる。 そこまではいい。 でも。 

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第142話 都合のいい本当だけでは判断しません

     帝人さんは、東都アセットから私に渡された資料を最後まで黙って読んだ。 ページを戻しては数字を確認し、利用者の声と写真を見比べている。 途中で何度か眉間の皺が深くなったけれど、私は何も言わなかった。「小春」「はい」「この資料自体に、虚偽はないと思うか」「たぶん。少なくとも、作った話には見えませんでした」「俺もそう思う」 帝人さんは資料を机へ置いた。「だから厄介だ」「やっぱり?」「ああ。嘘なら排除すれば終わる。これは本当の情報だけを選んで、特定の印象を作っている」 帝人さんが一枚を指す。「『二十年以上利用している』『地域に必要』『なくなってほしくない』。全部事実だとしても、それだけで施設全体の価値は判断できない。何人に聞いたのか、全利用者の何%なのか、離れた客がなぜ離れたのかがない」「私もそこが気になりました」「テナントも同じだ。残りたい店舗の声はあるのに、撤退した店舗の理由がない。賃料、設備、客数、契約条件。そのどれが原因だったのかも分からない」 資料に書かれている言葉だけなら、施設を残したくなる。 でも。 書かれていない側にも、同じくらい理由がある。「帝人さん」「何だ」「怒ってます?」「怒っている」「やっぱり」「ただし、資料の作り方そのものにではない」 意外だった。「こういう資料を作ること自体は珍しくない。提案する側が、自分たちに有利な情報を強く見せるのも当然だ」「じゃあ何に?」「小春にだけ先に渡したことだ」 そこなのか。「しかも、お前が何を見る人間かを調べた上でな」 帝人さんの声は静かだった。「相手が俺に『地域価値があります』と主張するだけなら交渉だ。だが、小春がそれを言えば俺が重く見ると考えて、先に材料を渡した。それは提案内容ではなく、俺たちの関係を交

  • 天上天下唯我独妻!!〜私、最強の御曹司よりも強いらしいですよ?〜   第141話 どうして私にだけ見せたんですか(後編)

    「……そういう意図が全くなかったとは言いません。ただ、判断を誘導するつもりではありませんでした」 宮坂さんは慎重に答えた。 少なくとも、全部否定するつもりはないらしい。 その正直さには少しだけ好感を持った。 でも。 それとこれとは別だ。「それなら、良い情報と同じだけ悪い情報も見せてください」 私は閉じた資料へ手を置いた。「利用者からの不満も、退去したテナントの理由も、地元から反対されていることがあるならそれも。残したい人の声だけじゃなくて、もう使わないと言った人の声も見たいです」 宮坂さんが黙る。 私は少しだけ言葉を選んだ。「私は、この施設を残したい人の代表じゃありません」 口にして、自分でも少しだけ胸の奥が動いた。 人の話を聞くことは大事だと思う。 数字に出ないものを無視したくないとも思う。 でも。 だからといって。 人の感情だけを代弁するために帝人さんの隣にいるわけではない。「人の話を見ることはあります。でも、人の話だけを見るわけじゃないです。赤字なら、その理由も知りたいです。残したいという声があるなら、逆に離れていった人が何を嫌だったのかも知りたい。全部見た上で、それでも価値があるのかを考えたいです」「……承知しました」「それと、帝人さんと私に違う情報を見せるのはやめてください」 宮坂さんがこちらを見る。「同じものを見た上で、違うところに気づくなら、それでいいので」 帝人さんは帝人さんの目で見る。 私は私の目で見る。 だから意味がある。 最初から見せるものを分けられてしまったら、それは別の視点ではなく、別の材料を与えられているだけだ。「分かりました。次回は全資料を揃えます」「お願いします」 話が終わり、宮坂さんが帰っていく。 私

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status